正常体重でのダイエットの危険性

 4. 甘すぎる痩せすぎの基準
 
  健康体重は、当然、美容でなく、最も長生きできる体重、最小死亡率体重であるべきです。しかし、これだけ皆さんが痩せすぎであると平均値は頼りにはできません。
 健康体重、最小死亡率体重としては、メットライフ生命保険会社(Metropolitan Life Insurance Company)が1973年に契約者のデータに基づいて、最も死亡率が低い「理想的な(“ideal”)」身長と体重の組み合わせ「標準身長・体重表」が使われてきました。この表は1983年に改訂されました26)。この「標準身長・体重表」が欧米での摂食障害専門病棟でも目標体重として使用されてきました27)。 
 しかし、人々の身長が高くなるにつれて、この「標準身長・体重表」が合わなくなりました。そこでBMIが肥満度の指標として、World Health Organization(以下WHOと略す)を初め、広く使用されています。WHOでは18.5〜24.9を普通体重、25.0〜29.9を過体重、30以上を肥満、18.5未満を痩せすぎとしています1)。しかし、1995年時点でWHOが18.5未満を痩せすぎとした根拠は少ないです。先進諸国での関心は肥満であるため低体重のデータが少ないからです。1995年のWHOの報告書ではインドでBMIが18.5の男性は10年間の追跡調査で有意に死亡率が上昇すること、16以下であると死亡率が3倍になることなどが引用されています1)。また、バングラデシュやブラジルでの研究で、体重が低いと病気で仕事を休む日が有意に多くなることが引用されています1)

 その後、先進諸国でもコホート研究が積極的に行われることになりました。コホート研究とはある一定の地域の人々を何年にもわたり追跡調査し、その人の持っている要因(喫煙、飲酒、体重)と転機(発病、死亡)との関係を探る、非常に手間のかかる、しかし信頼性の高い研究のことです。米国28)、中国29)、日本30)の中年以降を対象とした、10年程度の縦断的な死亡率研究の結果、Jカーブ(体重が上がれば追跡調査中の死亡率が上昇するが、痩せすぎの悪影響が認められない)ではなくUカーブ(痩せすぎでも、太りすぎでも追跡調査中の死亡率が上昇する)だったのです。

 さらに、最近の研究では18.5未満を痩せすぎとするWHOの体重カテゴリーへの疑問が呈されるようになってきています。デンマークでの研究31)では、コペンハーゲンの20〜100歳一般人口を対象に1976〜1978年、1991〜1993年、2003〜2013年のコホートを2014年11月まで追跡調査した結果、1976〜1978年コホートではBMIが30以上であるとBMI18.5〜24.9に比べ死亡率は1.31倍でしたが、2003〜2013年コホートでは0.99倍と過体重と死亡率上昇とが関連しなりました31)。また、1976〜1978年コホートではBMI25〜29.9の死亡率はBMI18.5〜24.9の死亡率の1.04倍でしたが、2003〜2013年コホートでは0.86倍と「過体重の死亡率の方が統計学的に有意に低い」という結果になったのです。さらに最も死亡率が低いBMIは1976〜1978年コホートでは23.7、1991〜1994年コホートでは24.6、2003〜2013年コホートでは27.0と「過体重」とされるBMIが最も死亡率が低かったのです31)。日本の研究でも、BMIが21から26.9の間が追跡調査中、最も死亡率が低かったのです30)

 このように、心臓血管系疾患のリスク要因への治療が十分に行きとどいた先進諸国では、過体重が死亡率上昇につながらなくなっています。一方低体重のリスクが上昇しています。過体重で生じる病態には治療薬があります。痩せすぎの治療は栄養補給なのに、それを自ら拒否されては対策がありません。ご紹介したように、20歳代の日本女性の多くが体重減少を目指している結果、大多数の若年女性のBMIは21以下となっております。そして先にご紹介しましたように「アカゲザル」研究結果は、若年者のカロリー制限の危険性をより直接的に示唆しています。